>>1 >おじろく・おばさ 長男以外は奴隷?天龍村に存在した人権無視の奇習
これは江戸時代後期に天災が何度も起き、飢饉が続いた頃の話しだ
この話とは間逆に、明治時代に入り日本が富国強兵を目指すようになると
政府による「産めよ、殖やせよ」の人口増加政策(独身税等もあった)が始まると
農村部等では、女子が妊娠すると父親が誰であろうと村全体で育てる意識が強まり
それと同時に「夜這い」の慣習も始まった
☆☆フリーセックスの始まり
人口増加政策の影響もあり戦後の1960年代までは全国各地に、
特に西日本の広い地域では「農村の夜這い」は、フリーセックスに近い伝統が息づいており、
後家さんが若衆の性教育をする義務があった
女子は初潮が来れば母屋ではなく「離れ」に住まわせ、赤飯を配った
これが「おいで」の合図で、その晩から近所の若衆が娘の元に夜な夜な忍んでくる
これを「夜這い」と呼び、戦後の1960年代まで西日本ではありふれた風習(現代の感覚では奇習だが)
当然子供ができるが、お腹が膨らめば、娘は忍んできた若衆のなかから
一番気に入った男を夫に指名する権利があり、若衆はこれを拒否することはできなかった
もし拒否すれば、村から叩き出されるほどの指弾を浴びた
月日が流れていくと若衆が都会に出るようになり、都会の家畜的労働者の習俗を
村に持ち帰ることによって、夜這いも廃れ共同体も瓦解していったが、
祭りなどには、そうしたフリーセックスの習慣が遅くまで残り、
1980年代まで村の祭りは無礼講であり、どの人妻と寝ても良かった
余談だが、1938年(昭和13年)に岡山県で起きた津山事件(映画 八つ墓村のモデルになった事件)の
犯人ですら、結核に感染するまでは近くの複数の女達と性行為にあけくれていた
結核に感染したことにより女達から性行為を拒絶され結核を理由に徴兵検査にも落ち、
それによる心ない風評が事件の動機になった
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